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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(ネ)150号 判決

控訴人 越後力蔵

被控訴人 熊井靖子 外二名

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人の請求は全部之を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、(1) 訴外熊井与右エ門と控訴人との間の大野区裁判所昭和二十年(ノ)第七号戦時民事特別調停事件につき同年十二月六日成立した調停が全部無効であることを確認する(2) 控訴人と右与右エ門との間の大野簡易裁判所昭和二十二年(ハ)第四号調停無効並借地権確認事件につき同年十月二十日成立した裁判上の和解が全部無効なることを確認する(3) 控訴人が別紙〈省略〉目録記載の土地につき存続期間昭和二十年九月十六日から二十年賃料一ケ月金百円毎月末日限り被控訴人方に持参支払する旨の借地権を有することを確認する若し右各請求が認容せられないときは控訴人が本件土地につき存続期間昭和二十七年十月一日から二十年間その他の条件は前記(3) と同一の借地権を有することを確認する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記主張の外は原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する。

控訴代理人の陳述

(一)  控訴人は原審に於て大野区裁判所昭和二十年(ノ)第七号戦時民事特別調停事件につき成立した調停のうち控訴人が訴外熊井与右エ門に対し別紙目録記載の土地を昭和二十二年九月十六日限り地上物件収去の上明渡すとの部分の無効確認のみを訴求していたが当審に於てその請求を拡張しその調停条項全部の無効確認を求める、それは控訴人主張の無効原因が右調停条項全部に存するからである。

(二)  要素の錯誤による無効の主張

本件係争の大野区裁判所昭和二十年(ノ)第七号戦時民事特別調停事件に於て成立した調停及大野簡易裁判所昭和二十二年(ハ)第四号調停無効並借地権確認事件につき成立した裁判上の和解は何れも意思表示の要素に錯誤があり無効であると主張する即ら被控訴人等の先代熊井与右エ門は従来の借地権は二十年の存続期間の満了に依り昭和二十年九月十五日限り消滅したので家屋収去土地明渡請求訴訟を提起しそれが戦時民事特別調停に付され、控訴人はその消滅を信じ引続き使用の権利なきものと思惟し只管その延期又は猶予を懇請した結果昭和二十二年九月十六日まで二年間地上物件収去土地明渡を猶予するという調停が成立したのが前敍昭和二十年(ノ)第七号戦時民事特別調停である、而して昭和二十二年八月七日に至り控訴人は前の借地権の存続期間二十年というのは間違いで建物朽廃まで即ち二十年を超える期間の約定であつたという理由で調停無効並借地権確認の訴訟を提起したが矢張り前の借地権は二十年で消滅しその後は借地権がないというので只前の調停条項の二年を更に延期し昭和二十七年九月末日まで延期してやるという和解が成立した、これが前叙昭和二十二年(ハ)第四号事件の裁判上の和解である、右両者は全く同一前提の下にできたもので控訴人と熊井与右エ門との間の借地関係は昭和二十年九月十五日限り消滅しその後は控訴人には何等使用の権利なく只一に与右エ門の恩恵に依り家屋収去土地明渡を延期若しくは猶予してやるという趣旨の下に為されたのである、ところがそれは誤りで前の借地権消滅後も控訴人に於て法律上当然借地権を有し居るならばその和解又は調停は明かに錯誤に基いて為されたものと謂わねばならない、即ち前の借地権の消滅後も控訴人はその地上に建物を所有し該土地の使用を継続しているのであるからたとえ土地所有者与右エ門に於て家屋収去土地明渡の請求訴訟を提起しそれが控訴人の使用継続に対する異議と解し得べきものとしても正当の理由に基かない限り異議として効力がなく前の借地関係は法律上当然更新せられその期間が二十年であることは借地法第六条第一項第二項第四条第一項但書第五条第一項に依り明かである、而して右与右エ門が土地明渡を求める理由は女婿を迎えるにつき家屋を建築する必要があるというのであるが単に土地所有者が自ら使用する必要があるという丈けでは必ずしも継続使用を拒否し又は異議を述べるにつき正当の事由ありといえないことは判例の示す通りである。

要するに所有者与右エ門の異識は当事者双方の境遇経済事情、当時の社会的状勢等に鑑み控訴人の継続使用を拒否し又は異議を述べるにつき正当の事由ある場合に該当しないから借地法により当然法定更新が行われ昭和二十年九月十五日の経過と同時に新たなる借地権が設定せられ爾後二十年間該土地の使用を継続することができる訳である、然るに控訴人はその事理にうとく所有者与右エ門の期間満了により借地権が消滅したとの主張に引きづられ爾後借地権存在せず従て使用を継続する権利なきものと誤信しその前提の下に二年若くは五年間家屋収去土地明渡を延期若くは猶予して貰うというが如き和解契約(調停も亦一種の和解と解する)を締結しここに前記裁判上の和解並調停が成立したのであるから明かに法律行為の要素に錯誤ある場合に該当し民法第九十五条に依り無効であることは言を俟たない、此場合民法第六百九十六条を適用するのは誤りである、即ち前借地権の消滅後昭和二十年九月十六日以後請求更新又は法定更新に依り新たに借地権が設定されたか否か換言すれば控訴人の更新請求を拒否し又は使用継続に対し異議を述べるにつき正当の事由があつたか否かに関しては全く問題とならず争点となつていなかつたことは甲第一、二号証同第三、四号証の各一に依り明かであるから民法第六百九十六条の適用せらるべき場合ではないのである。

(二)  予備的主張

仮りに第一次調停並第二次和解の主張が否定せられるとしても控訴人は次の予備的主張をする。即ち第二次和解に於て賃貸借期間を昭和二十七年九月末日までと定められ従て該賃貸借はその期日の到来により消滅するとするも控訴人は該地上に建物を有しその賃貸借の更新を請求し之が使用を継続している、而して被控訴人等は右賃貸借の更新を拒み又は継続使用に対し異議を述べるにつき正当の事由がないから借地法第四条第六条に依り前契約と同一条件を以て借地権を設定したものと看做される結果本件土地の借地権は昭和二十七年十月一日から二十年間存続することとなるから之が確認を求める。

(三)  控訴人は被控訴人等を相手方として大野簡易裁判所に対し前掲第二次和解(同裁判所昭和二十二年(ハ)第四号事件に於ける裁判上の和解)につき請求異議の訴を提起したことは認める、その請求異議の理由は右裁判上の和解は無効であると主張するものである、右異議訴訟と本訴とは訴の性質を異にし同一訴訟ではないから二重訴訟ではない。

被控訴代理人の陳述

(一)  控訴人は前記第二次和解につき大野簡易裁判所に被控訴人等を相手取り請求異議の訴を提起したが右訴と本訴とは同一事件であつて二重訴訟であるから本訴は却下せらるべきである。

(二)  控訴人の予備的主張事実は否認する。

〈証拠省略〉

理由

別紙目録記載の建物(堅固な建物以外の建物)とその敷地(本件宅地)とは共にもと訴外熊井与右エ門の所有に属していたところ与右エ門は大正十四年九月十六日訴外岸本仁一郎に対し右建物のみを売渡し同時に同人に対し右建物所有の目的を以て本件宅地を賃貸したこと(右賃貸借の存続期間が右建物朽廃に至るまでとの約定については当事者間に争がある)、控訴人は昭和三年五月二日右仁一郎から右建物を右土地に対する賃借権と共に譲受け土地所有権者である与右エ門に於て右賃借権の譲渡につき承諾を与え爾来控訴人は妻子と共に右家屋に居住し、そこで飲食店を経営して来たこと、その間昭和十六年三月十日に右土地の所在する大野町(現在は大野市)にも借地法が施行され同法第十七条により右賃借権の存続期間は借地権設定の日である大正十四年九月十六日から起算して二十年を経過した昭和二十年九月十五日の終了の時までと変更されたこと、右熊井与右エ門は昭和二十年九月十六日大野区裁判所同年(ハ)第十三号事件を以て控訴人を相手方として本件宅地につき家屋収去土地明渡等請求訴訟を提起したところ同裁判所は同月二十日職権を以て右訴訟を戦時民事特別調停に付し昭和二十年(ノ)第七号事件として係属するに至りその結果同年十二月六日(イ)控訴人は与右エ門に対し昭和二十二年九月十六日限り地上物件を収去して本件土地を明渡すこと、(ロ)賃料は一ケ年につき金百円とし毎年六月及十二月の各末日に金五十円宛を支払うものとする。但し昭和二十二年後半期分は金二十五円とするという調停が成立し直ちに之に対し同裁判所の認可があつたこと(之を以下第一次調停と称する)その後賃借人たる控訴人は大野簡易裁判所昭和二十二年(ハ)第四号事件を以て右与右エ門の相手方とし敍上の借地権の存続期間は建物朽廃に至るまでという約定であり而も建物はまだ朽廃していないから借地権は依然存続しているに拘わらずそれが既に消滅したものと前提して成立せしめた第一次調停は無効であり且借地権は尚存続していると主張して第一次調停の無効と右借地権の各確認を求める訴訟を提起し同裁判所は和解を勧告した結果昭和二十二年十月二十日の口頭弁論期日に(イ)当事者双方は第一次調停が有効であることを認めること、(ロ)与右エ門は右調停所定の本件宅地の明渡期限を昭和二十七年九月三十日まで延期し控訴人は同日限り右建物を収去して右土地を明渡すこと、(ハ)昭和二十二年十月から昭和二十七年九月末日までの賃料を一ケ月につき金百円とし毎月末日限り控訴人は与右エ門方に持参して支払うこと、(ニ)控訴人は与右エ門に対して右の明渡延期料として現金千五百円を昭和二十二年十月二十五日限り与右エ門方に持参して支払うこと、(ホ)右土地の明渡に当つては双方は如何なる名義によつても一切の請求をしないことは勿論何等の故障も申出てないこと、と云う趣旨の裁判上の和解が成立したこと(これを以下第二次和解と称する)及右与右エ門は昭和二十五年三月七日死亡し被控訴人英靖、同孝行、同靖子、訴外熊井照子、同熊井賢治、同熊井カネヲ及訴外前川国子の七人がその共同相続人となり次で右照子、賢治、カネヲ及国子の四人は昭和二十六年二月一日それぞれ相続財産に対する持分を被控訴人英靖、同孝行及靖子の三人に贈与したので本件宅地の所有権は被控訴人等三名の共有に属し従て右土地の賃貸借上の権利義務もまた同人等に於て承継したことは何れも当事者に争がない。

第一、そこで先づ被控訴人主張の本案前の抗弁として本訴が大野簡易裁判所の専属管轄に属するかどうかにつき案ずるに本訴は大野区裁判所昭和二十年(ノ)第七号事件の調停(第一次調停)並大野簡易裁判所昭和二十二年(ハ)第四号事件の裁判上の和解(第二次和解)の各無効確認及本件宅地に関する借地権確認を訴訟物とするものであつて右調停並裁判上の和解に基く債務名義の執行力の排除を直接の目的とするものでないことは控訴人の主張自体に徴し明かであつて本訴は請求に関する債務者の異議の訴訟でないし、右両訴訟が夫々別個の性質の訴訟であるから請求異議訴訟が第一審の受訴裁判所の専属管轄に属するからと云つて本訴も第一審の受訴裁判所の専属管轄に属するとの根拠にはならない本訴については専属管轄に関する規定はなく当時施行の裁判所法第二十四条第一号(昭和二九年法律第一二六号による改正前の法律)により訴訟物の価額三万円以上の請求につき(本訴の訴訟物の価額は九万四千円)第一審の事物管轄権を有した福井地方裁判所の管轄に属することが明かである。従て被控訴人の専属管轄の抗弁は理由がない。

次に被控訴人主張の二重訴訟の抗弁につき案ずるに控訴人が本訴提起後被控訴人等を相手方として大野簡易裁判所に前記昭和二十二年(ハ)第四号事件の裁判上の和解調書に基く請求に関する異議訴訟を提起したことは当事者間に争のないところであるが右訴訟と本訴訟とは前段説明の通り性質の異なる別個の訴訟であるから二重訴訟とはならない従て右抗弁も理由がない。

更に被控訴人の既判力を理由とする第一次調停無効確認の訴却下の抗弁につき案ずるに控訴人は第一次調停の全部無効なることを主張して之が無効確認の訴訟を提起したが大野簡易裁判所昭和二十二年(ハ)第四号事件に於て右第一次調停全部を有効と認める旨の裁判上の和解(第二次和解)を為したことは前段認定の通りである。調停又は裁判上の和解は之を調書に記載したときは確定判決と同一の効力を有すると云うのは確定判決と同様の形成力執行力を有するという意味であつて既判力は判決に特有の効力であつて調停調書又は裁判上の和解調書によつては生じないものと解する。従て第一次調停並第二次和解に之を無効ならしめる理由あるに於ては第二次和解があつても第一次調停の無効を主張し得べく此場合第二次和解の既判力を主張して第一次調停の効力を争い得ないものとなすことは出来ないから被控訴人の右抗弁も理由がない、然るに原判決が前記第二次和解調書の既判力を認めて右調書に於て第一次調停に基く法律関係従てまた本件宅地の借地権の有無については既に解決済であるとして控訴人の本訴のうち第一次調停の一部無効並借地権存在の各確認請求を不適法として却下したのは失当であつて原判決中此点に関する部分は取消を免れない。

第二、本案請求の当否につき案ずる。

(1)  第一次調停の効力について

控訴人が熊井与右エ門から賃借していた本件宅地の賃借期限は建物朽廃に至るまでとの約定であつたとの点について成立に争のない甲第二号証(乙第一号証の四)及甲第四号証の一に夫々右主張に副う記載があるけれども何れも措信し難く他に之を認むるに足る確証がないから右主張は採用し難い、従て本件宅地の賃借期限はその定めのないものと認めなければならないところ、右賃貸借の継続中昭和十六年三月十日に至り大野町(現在は大野市)にも借地法が施行せられることとなり同法第十七条により本件賃貸借の存続期間はその設定の日である大正十四年九月十六日から起算して二十年即ち昭和二十年九月十五日までと法定されたことが認められる、そこで右与右エ門は右借地期限が満了する前年である昭和十九年九月十四日控訴人に対し右期間満了後は自ら使用する必要があるからと云う理由で期間満了と同時に本件土地の明渡方を控訴人に催告し以て予め控訴人の賃貸借の更新請求拒絶の通知を為したことは成立に争のない乙第二号証により明かである、然るに控訴人は昭和二十年九月十六日後も本件土地を明渡さなかつたので与右エ門は同日控訴人を相手取り大野区裁判所に右借地期間満了と自己使用の必要性あることを理由として家屋収去、土地明渡の請求訴訟(同裁判所同年(ハ)第十三号事件)を提起したところ同裁判所は同月二十日右事件を職権を以て同裁判所の戦時民事特別調停に付し(昭和二十年(ノ)第七号事件)調停主任判事稲垣源次郎及調停委員二名を以て構成する調停委員会を同年十月二十六日から同年十二月六日に至るまで四回に亘り開き調停を試みた結果右十二月六日当事者間に前記条項による調停が成立し即日右判事により調停認可があり本案訴訟は取下となつて終了したことは成立に争のない甲第一号証同第三号証の一乃至六に依り認められる、而して更に前掲各証拠に原審証人稲垣源次郎、同熊井賢治、当審証人広瀬清左エ門、同清川貞一の各証言、原審に於ける被告熊井靖子本人訊問の結果及同原告本人訊問の結果(但その一部)を綜合すると右与右エ門には子供が四人あつたが皆娘で長女靖子(被控告人)には既に婿養子を迎えてあつたが戦時中出征不在であつたし、与右エ門の死亡後女許りであるのが不安でならなかつたので次女国子にも養子を迎えて相協力して熊井家を維持さして行きたいと考え昭和二十年当時既に知人の野尻某の息子を養子に貰うべく相当話を進めていたので娘に養子を迎える場合には娘夫婦の新居を本件宅地に建設してやる予定で丁度控訴人に対する借地期限が到来した当時であつたのでその必要からその借地の契約更新を拒絶し明渡を求めるに至つたこと、尤も其後本件宅地の明渡が二年間猶予せられたのと右の養子を迎える話が纒らなかつたのとで娘国子は昭和二十二年福井市在住の人に嫁入し末娘照子に現在の養子熊井賢治(同人を昭和二十三年養子に迎え昭和二十六年照子と婚姻さした)を貰い同夫婦のため本件土地に家屋を建築し居住させることに変更したこと、同人等は現在も被控訴人靖子等と同居していること、及前記第一次調停成立に至るまでの四回の調停期日に於て当事者双方は互に主張を固持して譲らなかつたが最後に二年間明渡を猶予すると云うことで本件調停が成立したこと並右調停成立に至る間何等の無理もなく当事者は自由な意思に基き合意したものであることが夫々認められる、従て与右エ門は本件借地権消滅後控訴人の借地継続使用に対し遅滞なく異議を述べたものと云うべく且之が異議につき一応の正当事由が存在したものと推認されるのである、而して右認定の各事実からすると、第一次調停は土地所有者熊井与右エ門と控訴人間の本件宅地についての賃貸借関係の存否即ち控訴人が前賃貸借契約の期間満了後継続使用することに依り本件土地につき更新された法定借地権を有するか否かが調停の対象となつていたものと推認される、之につき右調停に於て控訴人は与右エ門に対し本件土地を昭和二十二年九月十六日限り地上物件を収去して明渡すこと、賃料は一ケ月百円とし毎年六月十二月の各月末五十円を支払うこと、但昭和二十二年後半期分は二十五円とすると云う合意を為したものであるから控訴人は調停の対象となつていた更新による二十年の法定借地権について之が権利を抛棄し明渡期限を二年後とし其間の賃料を定めることを合意したものであると解するのが相当である、而して当事者が調停又は和解に於て法定更新による借地権を抛棄することは借地法第六条の規定に違反するものではなく土地の明渡を二年の期限の到来にかからしめることも亦自由であつて借地法第九条の規定に照して見ても同法の禁止するところでないことは言う迄もない、また、控訴人の本件借地権の法定更新に対する与右エ門の異議につき正当事由があつたかどうかの点については控訴人が右の法定借地権を抛棄する以上関係のないことであるから仮りに正当事由がなかつたことが後日判明しても右権利を抛棄したことの効力に何等の影響もないと謂うことができる、然れば控訴人は右与右エ門に対し昭和二十二年九月十六日限本件宅地に関する一切の賃貸借関係を終了させ同日限地上物件を収去し本件土地を明渡すことを合意したもので且この合意は有効であると謂うべく、右明渡期限後は本件土地につき控訴人は何等の借地権を有しないことも明瞭である。従て控訴人の右第一次調停が強行法である借地法第六条第十一条の規定に違反し無効であるとの主張は理由がない。

次に控訴人の錯誤の主張につき案ずるに右調停条項に依れば与右エ門に於て控訴人の本件借地の法定更新に対し異議を述べるについて正当事由があつたかどうかにつき何等触れていないしまた此点につき当事者間に特別の合意があつたことも認められないのであるがこれは控訴人が法定借地権を抛棄する以上正当事由の有益はその必要がない故之に触れなかつたものと推認されるから与右エ門に本件土地を必要とする正当事由があつたかどうかの点は本件土地明渡調停の内容になつていたものでないことが明かである、のみならず前段認定の本件調停に至るまでの諸事情より観れば控訴人は本件借地権の存続を主張して極力争つたがため調停期日は四回に亘り続行された状況にあつて与右エ門が本件土地を必要とすると云う正当性の問題を確定した前提事実として本件調停の合意を為したものでないことも推認に難くない、従て仮りに調停成立後に於て与右エ門にその主張の如き正当事由がなかつたことが判明したとしても該事由は本件調停の内容ではなく寧ろ合意の縁由に過ぎないから要素の錯誤と称し難く控訴人は之を以て調停の無効を主張することはできないものと謂わなければならない、依て控訴人の右主張も理由がない。

尚第一次調停は前記認定の通り第二次和解に依りその調停条項中明渡期限の点が変更されたのでその範囲に於て効力を失つたことは明かであるが被控訴人は右変更については争はないのであるから控訴人には此点につき無効確認を求める利益がないことも明かである。

(2)  第二次和解の効力について

第一次調停成立後昭和二十二年八月七日控訴人は大野簡易裁判所に与右エ門を相手方として本件土地の借地権存続期間は建物朽廃に至るまでの約定であり建物はまだ朽廃していないから依然借地権は存続するものであると主張して第一次調停の無効確認並借地権存在確認訴訟(同裁判所昭和二十二年(ハ)第四号事件)を提起し同年十月二十日裁判上の和解が成立したことは前段認定の通りであるが右第一次調停の有効なることについては前記第二の(1) の第一次調停の効力についての判断に於て説示した通りである、尤も第二次和解の目的となつた確認訴訟に於ては控訴人は最初の賃借権には建物朽廃までと云う存続期間の約定があつたと主張した(右約定の存在が認められないことは前記認定の通りである)が結局右和解に於て第一次調停の有効なることを承認し第一次調停に於て認められた明渡期限を更に五年延長し其間の賃料を改訂する等の合意が成立したものである。而して右和解も控訴人の訴訟代理人土屋四郎吉を代理人とし同人を通し控訴人の自由な意思に依り合意されたものであることは原審証人稲垣源次郎の証言、原審に於ける原告本人訊問の結果に徴し明かである、控訴人は本件和解が借地法第六条第十一条の規定に違反し、また要素の錯誤があるから無効であると主張するけれどもその理由のないことは前示第二の(1) 第一次調停の効力についての判断に於て右同一の主張に対し説示したところと同一であるから之を引用する。

更に控訴人主張の弁護士法違反の主張につき案ずるに、右第一次調停は調停主任判事稲垣源次郎の関与により成立しその認可も同判事が為したものであること同人は其後判事を退官して弁護士となり前記昭和二十二年(ハ)第四号調停無効借地権存在確認訴訟事件に於て与右エ門の訴訟代理人となり同人を代理して同事件の昭和二十二年十月二十日の口頭弁論期日(同期日に与右エ門は出頭しなかつた)に於て第二次和解を為したものであることは当事者間に争がない、而して稲垣源次郎が前記の如く本件当事者間の第一次調停に於て調停主任判事として関与し且之を認可し其後弁護士として同一当事者間の右調停無効確認等訴訟事件に当事者の一方である与右エ門の訴訟代理人となつて裁判上の和解の成立に関与したことは弁護士が公務員として職務上取扱つた事件につき弁護士の職務を行う場合に該当し当時施行の弁護士法(昭和二十四年法律第二〇五号による改正前の法律)第二十四条第三号に違反する行為であることは明白であるが同法条は訴訟当事者の利益保護と弁護士の品位保持とを目的とする法規であることは勿論であるけれども右法条の禁止規定に違反した行為の訴訟法上の効力については当然無効ではなく相手方がこれにつき異議を述べなかつたときは訴訟法上完全に効力を生じ相手方は後日に至りその無効を主張することは許されないものと解するを相当とする(昭和二七年(オ)第八一三号昭和三〇年一二月一六日最高裁第二小法廷判決)而して稲垣弁護士が右第一次調停無効確認等請求訴訟事件の進行中与右エ門の訴訟代理人として為した訴訟行為に対し控訴人が異議を述べたことについては控訴人に於て何等の主張立証も為さないから稲垣弁護士の為した右訴訟行為(前記裁判上の和解)はすべて有効と認むべきであつて控訴人の右主張は理由がない。

然らば第二次和解には何等控訴人主張の如き瑕疵が認められないから有効と謂わなければならない。

第三、控訴人の予備的請求について

控訴人は本件土地につき右第一次調停並第二次和解により控訴人主張の借地権を抛棄することを合意したものであるから前の借地権の期間満了日である昭和二十年九月十五日以後に於て控訴人が本件宅地を継続使用していても決定の更新借地権を生ずる理なく只前記第一次調停又は第二次和解に基き認められた使用権を有するに過ぎないのであつて、この使用権は調停又は和解で成立した明渡猶予期間中の使用権であり仮りに之を借地権と見るも借地法第九条による一時使用を目的とするものと認むべきであるから同法第六条の適用はない、右第二次和解による明渡期限経過後は控訴人は最早本件土地を占有する何等の権限なきものと謂うべく、此の場合固より借地法第六条の法定の更新借地権が発生する余地は全然存しないことが明かであるから控訴人の右予備的主張も採用するに由ないものである。

然らば控訴人の本訴請求は全部理由がないからすべて之を棄却すべきであるところ、原判決は之と異り本訴の一部を却下した点は失当であるから此部分を取消すべきである、仍て民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 石谷三郎 赤間鎮雄 岩崎善四郎)

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